バドミントンを始めて22年。全国大会や国際大会、10カ国以上でプレーしてきた所感

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こんにちは、Yukiです!

なんのご縁かわかりませんが、今僕は「マルタ」という地中海に面した国に住んでいます。

人生というのは本当にわからないもので、年齢を重ねていくといろんなことが絶え間なく、時には目まぐるしく変化していきます。

だけど、そんな僕の人生で唯一変わらないなーって思うもの。それが、

「バドミントンをしている時の時間」

です。

練習環境、相手の国籍やレベル、道具、そして自分自身の状態は変わりますが、「相手より先に点を取ったほうが勝ち」というバドミントンというスポーツの根源だけは変わりません(ルールは1度変わりましたが笑)。

バドミントンを始めて22年経った今、今後の活動にも気合を入れていきたいので、僕のこれまでのバドミントン人生と、そこから得たマインドについて記事を書いていきます。

バドミントンをされている同志の方から反応があれば、嬉しい限りです!


自分の世界に没頭できる「バドミントン」という素晴らしいスポーツ

人生において、自分だけが贅沢に使える時間というのは、だんだん減っていくことに気づきます。

バドミントンだけやっておけば良かった学生時代と違い、大人になると練習時間は減り、結婚、転職、起業、引越しなど、いろんなライフステージが変化していきます。

その中でバドミントンのコートに立ち、「ラブオールプレー」と言われた後は、もう完全に自分の世界に没頭できる。

相手と真正面から向き合い、点の取り合いをする。

全力を出し切れる試合の方が遥かに少ないですが、それを出せた時には、対戦相手が「仲間」に変わる瞬間でもあります。

その仲間は友となり、コート外の時間を共に過ごすことも増えていきます。

(コート内外でたくさんのシーンが生まれました。)

熱量やスキル、経験などは学生時代とは違えど、僕は今もそういう素晴らしいシーンを求めてシャトルを追いかけている気がしますし、他人がそういう瞬間に立ち会う時を求めている気がします。


体力的ピークの20代前半と、スキル・経験ピークの「今」

軽く昔の話をすると、僕は中学1年から部活でバドミントンを始めました。

最初の1年間は全く上達せず、ラケットにすら当たらない日々。試合に出てもラブゲームで負け続けていました。

でも、ランニングやステップの練習など、当時の基本練習が実を結んだのか、そこから勝てるようになり、小さな地方大会ですが入賞などもした記憶があります。

(ステージが上がる瞬間が何度もあると思うけどそれは一瞬。徐々にうまくなることはスポーツでは考えられにくい。)

上達する時は一瞬なんですよね、どの世界も。

高校に入ってからは週に6日、大学では週に7日。今思えば、毎日シャトルをタダで打てる環境が与えられていたなぁと感謝しています。

ただ、一番練習していた時期に全国大会に行くことは叶いませんでした。

それでも大人になってからも続け、国内で引越しを数回しましたが、引越し先でも「仕事より先にバドミントンのコミュニティを探す」という生活を続け、出会いに恵まれて、結果的に全国大会に3回出場することができました。


(国内外問わず色んな大会で実績を積んできました)

そして、友達に会いにベトナムへ海外初渡航した際、現地のプレーの質や気持ちの面、フィジカルの面で大きな違いを感じたのを今でも覚えています。

「こんな中で日本のトップ選手は勝ち続けているんだなぁ」と感心しました。そこから42カ国渡航した中、10カ国以上でバドミントンをしてきました。

20代の頃は、走っても、ジムに行っても、何時間練習しても身体はなんともありませんでした。

しかし、30代に突入しライフステージの変化も大きく関係していますが、当時のピーク時と比べて、フィジカルは20%以上落ちています。

ですが、それをカバーする「経験」や「知恵」が大きく育っており、まだ若い中堅の選手くらいならやりあえるという印象です。

改善や勉強も必要ですが、30代のうちはこの「大人のバドミントン」を極めることになるでしょう。


メンタル面の大きな変化。「勝利至上主義」から学んだ大切なマインド

昔の僕は、とにかく「勝ってなんぼ」。僕に勝てなかった選手を見下していた気がします。

「趣味で楽しくバドミントン!」とか言っている人がいたら、

「え!?ある程度羽を打てて厳しい練習も耐えて、とにかく上を目指さないと楽しくないやろ!」

と本気で思っていました。

まさに「勝利至上主義」。

9割以上の人はそこを目指さないのに、僕は昔、自分の価値観を他人に押し付けていた気がします。指導者としてはクソみたいな思考ですよね、今思えば(笑)。

この考え方が変わったのは、ニュージーランドに行った時です。

大きな大会に出て思うような結果が出なかった時に、現地の仲間に言われました。

「How was it?(どうだった?)」

「I lost…(負けたよ…)」

「Unlucky!!(運が悪かったね!!)」

他にも、「Next time!(次があるさ!)」「Today’s not your day(今日は君の日じゃなかっただけさ)」など。

負けた時に、「まあ全力で戦って負けたんだからしゃーないじゃん。次は勝てるよ」というおおらかなマインドを、勝負の世界に持ち込んでいたんです。

この「アンラッキーの精神」は、僕にとってとても勉強になりました。

その人にはその人の考え方があり、ライフスタイルがあり、コンフォートゾーンがあります。

特に海外に来て、自分なりに一生懸命バドミントンを楽しんでいる選手たちをたくさん見た時に、強くそう思いました。

日本にいた頃は、周りの人も皆全国大会を目指していたし、厳しい練習にも一緒に耐えていたので、ある意味僕は「ラッキーな環境」にいました。

でも海外に来てからは、全員が上のレベルを目指しているわけではなく、本来のスポーツの意味である「余暇活動の精神」を持って、体への負担も軽いレベルを楽しんでいる方がたくさんいらっしゃいました。

そういう方たちも楽しみながらレベルアップできるような指導方法を身につけたからこそ、最終的に現地の大きなレッスンに呼んでいただいたり、たくさんの生徒が僕のコーチングをリピートしてくれたのだと思っています。

海外に行ってバドミントンをしたことは、バドミントンだけでなく、僕の人生においても考え方が大きく変わった一幕でした。


22年間、大きな怪我なくやれている秘訣

バドミントンを始めて22年間、僕は長期離脱するような怪我を1度もしたことがありません。

「ただ単純にトレーニングで手を抜いたり、日々100%でやってなかったからじゃないの?」

と思われるかもしれませんが、逆だと思います。

毎日100%出し切る気持ちで、特に「コートの外でのトレーニング」を頑張っていました。

すると日々体が強くなっていき、ピーク時の体力で言えば、毎日5、6時間練習しても、次の日にはまたピンピン元気に練習していました。

(手を抜くと怪我する。これは現場でよく聞いた言葉。)

ピーク時の記録は、

・100メートル走:12秒2

・1500メートル走:4分半

・反復横跳び:77回

・上体起こし:42回

・ハンドボール投げ:40メートル

・垂直跳び:85センチ

今思えば、我ながらすごい数字だと思います(笑)。

トレーニングを正しいフォームで理論的に理解し、努力を重ねていけば必ず結果が出るので、当時はそっちの方を楽しんでいた記憶があります。

一方、コート上では7、8割の力で日々取り組んで、試合になれば気持ちの調整(テーパリング)も加えて、体への無理がないようにペース配分を考えていました。

まぁ昔はスキルがなくミスが多かったのでラリーが短く、トレーニングしてた意味があまりなかった気もしますが(笑)。

今になってスキルがついてきてミスが減った時、「昔トレーニングやっててよかったな」と心から思っています。

この年齢になると、ある共通点が見えてきます。

それは「走ってなかった子」や「走るのが苦手でサボってた子」は、大人になって怪我が多いという印象です。

僕は体育の先生をやっていたということもあり、いろんなスポーツを見てきましたが、怪我に強く現役生活が長い選手は、長距離・短距離問わず「とにかく走っていた」人が多いです。

バドミントンも特に怪我が多いスポーツですが、佐々木翔選手や渡辺勇大選手は特にストイックでした。他のスポーツで言えば、野球の桑田真澄選手、和田毅選手、工藤公康選手などは、40歳を超えてもピークが上がっていき、息の長い選手だったなと思っています。

僕もオーストラリアにいた頃、あえてランニングをやめてコートの上でのトレーニングを増やしていた時期がありますが、それは逆効果でした。

トレーニングはある意味、自分をいじめて初めてわかる「人体実験」のようなものなので確証はありませんが、僕の場合はいろんなエビデンスや経験を含め、

「走ることがとにかく効果があった」

と思っています。(体は柔らかい方ではないですし、遺伝の効果もあると思うので、その点は親に感謝ですね)


22年やってきて思うこと。「継続」という静かな才能

周りを見渡すと、何かを10年でも続けている人ってなかなかいないんですよね。

昔、いろんなコーチに言われたことを思い出しました。

「お前は続ける才能がある」

当時は困惑していました。

「続けられるって才能なの?みんな俺より上手いのにやめちゃうの?」と。

でも、22年間、ブランクや離れた時期もありながら、今も週に1度はバドミントンができている。これはとても幸せなことだなと思いますし、今になってその言葉の意味がわかりました。

そう、生きているとしんどいと思うことの方が多いのかもしれません。人生は選択の繰り返しです。

僕より上手かった選手はたくさんいますし、才能があった選手、センスがあった選手もたくさん見てきました。

ですが、大半の人たちはもう続けていないでしょう。

大半の人がもう道具すら持っていないことも考えられます。体型も大きく変化し、「昔は全国大会出てたんだぜ!」みたいな感じで飲みの席で言っているのかもしれませんね(想像でしかありませんが…笑)。

話がそれましたが、それほど「何かを継続する」というのは難しいことなんだなぁと思います。

と同時に、僕はバドミントンを通じて、

初めはうまくいかなくても、自分なりに情報収集をし、努力をして、時間とお金を投資していけば、どんな分野でも結果を出せるんだな

という、確固たる自信が生まれました。

それは自信過剰というよりも、心の中で静かに燃え上がるようなイメージのものです。とてもいい財産だと思っています。

長く続けていると、ベストのシーズンというのは毎年は訪れません。

個人的に、ニュージーランドでのバドミントンとエストニアでのバドミントンライフで、僕はかなり上手になれたと思うし、考え方が大きく変わった場所でもありました。

日本にいた頃は、起業していたりトリプルワークをしていたり、バドミントン以外のことに追われていた時もあったので練習量がかなり減っていましたが、その中でも「全国大会を目指す」という意識だけは切らさなかったので、それが今も生きています。

今年で34歳。フィジカル面はピーク時と比べて20%以上落ちている印象ですが、プレイスタイルの幅が広がり、経験値が増えて、「これが大人のバドミントンなんだなぁ」と日々実感しています。

マルタでも教える機会に恵まれ、また新たな1年がスタートすると思うと結構ドキドキしています。

好奇心を絶やすことなく、怪我には充分気をつけながらプレーしていきたいなと思っています。

よかったら今後も、僕のバドミントンライフを応援してください!

オンラインコーチングも受け付けています。よかったらどうぞ!!

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