こんにちは、Yukiです!
教員時代の理不尽な契約取り消しから、月収6万円のどん底生活、そこから起業して数百万の借金を背負いながらも這い上がったエピソードを前回は書きました。
今回は、その**「スリリングなジェットコースター人生」がさらに加速するお話**です。
順調に見えた起業生活から一転、僕を待っていたのは「お金を稼いだ後のしょうもない現実」と「仲間の裏切り」、そして逃げるように飛び出した世界一周の旅でした。
現在、ギリホリ(30歳ギリギリでのワーホリ)を経てマルタにいる僕ですが、そこに至るまでの「濃すぎる20代後半のリアル」をお届けします。
■ 順調に見えた起業生活の崩壊と「裏切り」
紆余曲折を経てインターネットを使ったビジネスで結果を出した僕は、関東に引っ越し、ついに「法人化」を果たしました。
当時は、色んな人とジョイントベンチャー(JV)を組んでビジネスを展開し、太陽が沈んだ時から昇るまで、仲間たちと熱い夢を語り明かす……そんな青春のような時期を過ごしていました。
(この規模のパーティが毎週のように)
(経営者の方は気前よかったなぁ。こんなの最愛の人以外の人と自分のお金でたべないよ笑)
(肝臓の強さをフルに使っていた20代。)
(海外に住む話も進めていました。)
しかし、そんな順風満帆な生活に突然の終わりが訪れます。
一緒にJVをしていた仲間の裏切り、そして売上の持ち逃げです。
それに伴う売上の激減、そしてやむなく法人解散。 僕のメンタルは、文字通りズタボロにされました。
僕は基本的に人をすぐ信じてしまう性格で(よく騙されるんです笑)、しかも争い事が大嫌いでした。教員の一件のように泥沼の裁判をして戦う気力すらなく、「もういいや」と綺麗にサヨナラをしてしまったんです。
でも、心へのダメージは計り知れませんでした。大好きなバドミントンの練習やトレーニングすら、ろくに手がつかないほど落ち込んでいました。
■ お金を稼いだ後に見えた「つまらない世界」
当時の僕は、時間もお金も自由でした。好きな時間に起きて、好きな時間に仕事をする。しかも実働時間は週に5時間もなかったと思います。
20代後半という一番勢いとエネルギーがある年代で、まさに夢のような「自由」を手に入れていました。
周りには、僕より桁違いに稼いでいる40代・50代の経営者の方々がたくさんいて、よくご飯や飲みに誘っていただきました。 でも、そんな彼らの姿が、当時の僕にはちっとも眩しく見えなかったんです。
「稼いだお金を、なぁーんだ、こんなことに使ってるのか」
僕が思い描いていた「かっこいい社長の世界」と「現実」があまりにも違っていて、激しく萎えてしまったのを覚えています。
(僕が海外で学びたかったのは非日常や現地のコミュニティで)
(こういうのじゃないんですよね。性的接触なんて以ての外です。写真はノリで撮りました笑)
体育会系の強みが仇になり、消耗していく日々
僕は体育会系で礼儀や作法を一通り学んでいた上に、聞き役に徹する「傾聴タイプ」でした。これが年上の経営者たちに妙に好かれてしまい、毎週のように飲みに連れて行かれるようになりました。
でも僕は、キャバクラや夜のパーティ飲みが本当に大嫌いだったんです。
「なんであんなものに何万円も払わないとあかんねん!」と本気で思っていました。
「バドミントンの練習がしたいし、体も鈍るからトレーニングに行きたい。明日のパフォーマンスに影響が出るから早く帰りたい……」 そう思っているのに、「3次会、4次会も全然いけるっしょ!」と連れ回され、ひたすら他人のビジネスの愚痴や悪口を聞かされる始末。
一緒に海外へ行くこともありましたが、そこでの遊び方もどうも好きになれず、執拗に誘ってくる相手に心の中でブチギレたこともありました。
バドミントンを馬鹿にされた夜
そんな生活の中で、すっかり飲酒習慣が染みついてしまい、大好きなバドミントンにも悪影響が出始めていました。
そんな時、僕を救ってくれたのはバドミントンの仲間たちです。彼らは僕のビジネスの実情なんて一切知りません。ただ純粋にシャトルを追いかける時間だけが、僕のメンタルを回復させてくれました。当時、バドミントンをやっていなかったらと思うとゾッとします。
しかし、とある経営者との飲み会の席で、こう言われました。
「なんでバドミントンなんかやってるんですか? そんなのやっててもお金稼げませんよ(笑)」
「そういう生産性のないことやってるから、君の稼ぐ額も中途半端なんだよ」
と。僕はその席で、悔しくて泣かされました。
金稼ぎしか脳がなく、稼いだお金をろくに家族や会社の福利厚生に還元せず、キャバクラやくだらない遊びで消耗しているあんたたちの方が、よっぽどしょうもないわ! ……今ならそう言えますが、当時は言い返せませんでした(笑)。
(狭い思考だなと言われたそれまでですが、僕は10カ国ですでにバドミントンプレーしたし、小さな大会なら入賞もたくさんしてます。)
心の中でそっと彼らにサヨナラを告げ、「こんな人間関係、クソ食らえだ」と、僕は全てをリセットすることを決意しました。
■ 全てをリセットしたい。逃避行としての「世界一周」
「そうだ!世界一周しよう!」
衝動的とも言える決断でした。 2ヶ月くらい前から急ピッチで拠点の片付けや諸々の手続きを全て済ませ、バドミントン仲間とお別れをし、実家に荷物を置かせてもらって、2020年の1月頭からバックパック一つで旅に出ました。
予定では、1月はアジア、2月は西アジアや中東、そして3月にヨーロッパへ抜けるルートです。
よかったら世界一周した様子もみてみてね。
くだらないしがらみから解放された世界一周の旅は、今思い返しても本当に刺激的で最高な時間でした。……あの「予想外のパニック」が起きるまでは。
■ 予想外のパニック!直面した「コロナ」の恐怖
2月の頭、ネパールに入国したあたりから
「なんか世界を震撼させてるウイルスが出てるらしい!」
という噂を耳にするようになりました。 最初は気にも留めていなかったのですが、エベレストに登って下山し、再び空港へ戻ってみると、様子が激変していたんです。
そこからドバイへ向かったのですが、空港には宇宙服のような真っ白な防護服を着た中国人旅行客の姿が。
(全身真っ白、マスク、ゴーグル。異彩を放っていました。)
「なんだこれ……世界で何が起きてるんだ? 日本は大丈夫なのか?」 異様な光景を目の当たりにして、背筋が凍るような思いをしたのを覚えています。
そこから3月中旬にかけて、イギリス、メキシコ、そして日本へと移動した約10日間。世界中の観光地が軒並みクローズし、なんなら「国に入れない(入国拒否)」という前代未聞の事態が続いていました。
あれだけワクワクして計画した世界一周の旅も、完全に崩壊。 知り合いの助言もあり、僕は志半ばで**「強制帰国」**を余儀なくされることになります。
書ききれないくらいエピソードがありますが徐々に小出ししていきますんで!
今回はここまで!次回は強制帰国後からワーホリまでのお話をします!

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